ISHIKENです。

今回の記事を読んでくれているということは、少なくとも

「なんだか嫌だけど、勉強はしないといけないかな?」と

君が思ってくれたのだと、推測する。

 

それでも、つい「どうして勉強するの?」と考えたり、言ってしまう

こともあるだろう。

 

どうして勉強するの?という質問には、実際さまざまな答えが

用意されている。実際、その答えを今から列挙しようと思えば

列挙できる。

 

しかし、「どうして勉強しなくちゃいけないの?」という質問を

している君は、本当にその理由に納得したら、勉強するのだろうか?

おそらくそうじゃないだろう。

 

例えば、ISHIKENが出かけるときに、ズボンとシャツを組み合わせて

出かけようとしたときに、後ろから、「あなた、その組み合わせ似合っていると

思っているの?」と声がかかる。

 

言葉の通り受け止めれば、似合っているかどうかを問う、YES/NO疑問文だ。

しかし、事実は違う。妻は、「その組み合わせは似合っていないので、着替えて

ください!」といっているのだ。

 

君たちの、「どうして勉強しなくちゃならないの?」もこれに似ている。つまり、

「どうして勉強するの?」は、間違いなく、「勉強したくない」に変換できる。

 

であるから、本来ならば、そのような質問には、組しないのが基本である。

 

それでも、今回は「勉強する理由」について、僕なりの解釈を話しておきたい。

 

その前に、仕事観についてのISHIKEN流の解釈から入ろう。

 

仕事とは

自分の好きな事×自分のできる事×人の役に立つ事

の要素で成り立っていると、ISHIKENは考えている。

 

どうして、仕事の話をしたか?それは、日本で2007年に生まれた

子供の約半数は、107歳まで生き、仕事の引退年齢は、70~80

になると予測されているからだ。

 

このことは、後でまた触れたい。

 

上記の3つの要素が、すべて100%で満たされている人は、本当に

幸せなのであろうが、残念ながら多くはない。さらに、引退までみた

されるとなるとほぼ0%だといってよいだろう。

 

野球でいえば、プロ野球の選手→監督/コーチ→フロントに入る

あるいは解説者として活躍、となるがこれができる人は、一流の

なかの一流選手だけである。

 

 

ここで、自分の好きな事について解説を加えよう。

君たちの好きなことは何であろうか?「サッカー」「ギター」

いろいろ答えが返ってくる。いいことだと思う。それでも、

あえて、問うてみる。5年前は?10年前は?と。

 

5年前なら、小学生の中学年であろう。ひょっとしたら、君は

「遊戯王カード」にはまってたんじゃないのか?10年前なら

君は、幼稚園生だ。「砂場でトンネルをつくる」ことに熱中

していたんじゃないのか?

 

であるとしたら、「好きな事」に焦点をあてるのは危険かもしれ

ない。東大の入学式でも、「将来を決めて入学しなくてもよい」

と新入生にいっているのだ。

 

2に続く

 

 

 

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